わたくしの、

風が吹いて砂ぼこり、枯葉が舞う。春から夏に向けてのひだまりの陰影は、浅い光の湖のようにゆらゆらとしていた。広場では風の通り道は探せない。思いついたら吹く風は、予測できないけれど実は気ままではないのだろうか。
今のマンションから自転車で10分くらいの場所に平屋のこじんまりとした一軒家がある。
売買物件だと思っていたが、不動産屋の話だと賃貸で家賃はたったの三万五千円、外見はそうは見えない築50年、中はリフォームされてなく住む人が勝手にリフォームして住んでいいよ!という肝っ玉物件らしい。
こじんまりとした50平米もない一軒家、表札だけはドーンと大きかった。
何点か出したわたくしからの条件が通ったら内見させてもらうことになっている。築50年というのがとても気になるが、ここ何年かで長屋を和洋折衷風にリフォームした物件などを見るにつけ、いいんじゃないのでしょうか〜と思うようになっている。
自我が強いわたくし、自我は安心安全、変化を嫌うらしい。変わることによるリスク、いまより悪くなったらどうしよう、やっぱ現状維持よね、まあいまのところまあまあだし、世の中何が起こるかわからないし、とか思ってます。
人は危機が訪れないと自我を解体することはできないのだろうか。それは危機管理をすることとは反対の行為で危機管理をしようが訪れてしまった危機!
平和とはなんだろうか。
この賃貸の一軒家はテラスハウスじゃないのもいい。
一軒家でもテラスハウスなら隣とくっついてるからマンションと変わらないような感じもしますし、まず買ってリフォームとなるとローンを組まなくてはならないかもよ。
でも、この賃貸の一軒家、家賃安くて好きにリフォームしていいという話らしい(いまのところ)。本来なら賃貸の場合、リフォームするのは大家の方だけどね。
ゆえに、リフォームして住んだとしても修繕はわたくしがしなければならないでしょう。それって本当に賃貸なんでしょうか。
だけど、わたくしは一度、リフォームというのをしてみたいというのがある。
わたくしの好きなように好きなだけ心の思うままに流れるように壁紙を選び、襖を選び、キッチンに風呂場にトイレ、玄関前の植物の種類、わたくしワールドのお家とか部屋が創られていく光景はリフォームが終わった時点で満足してしまいそうだけど。
わたくしが選ぶ、空間、宇宙、世界、たとえそれが、へんちくりんな部屋やお家になったとしても、わたくしとリフォームしてくれた人のアドバイスとのコラボであり、それは作品よりも素晴らしい経験なのだと思われますか。
いろんな方達の知恵の結集という気がします。
考えただけでもワクワクします。
少ない予算で創意工夫を凝らし、熱意と情熱と火の玉ボール!
まだ、思案中です。
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