女性は存在しない。

綺麗なビルの7階で適性テストを受けてきた。
ただの原稿を照らし合わせての校正だと思っていたら校閲という作業で、意味と文字を読むということはなかなか難しく50点くらいしか採れなかった。
不採用であった。
だけど、いい感じの職場環境で丁寧な対応だったわ、ああいう環境で働きたいなあ。
本町からJR難波まで歩く。小さな公園にあるソメイヨシノが咲き始めていて週末には満開になりそう。
ラカンを読んでます。
ヒステリー症状というのがあります。症状は多彩で典型的症状はなく、わたしの喉の症状もそうなのかもしれない。
漢方医学では「血の道」といってストレスが原因で気が停滞することから起こると考えられている。日本では憑依現象、イタコや巫女もヒステリーといっていいのだろうか。
ラカンは、それは性をめぐる問いかけなのだと、「自分は男なのか女なのか」「女とは何なのか」という問いかけ、性別への問いかけ、ヒステリーのイメージは女性のイメージと深い関係にあって、ラカンの箴言には女性は存在しないというのがある。
女性を言葉で明確に定義づけることはできない。
女性は謎、言葉では語り尽くせない。
男性とはファルスで象徴的なペニスと持つ存在、ラカンによれば性は象徴的にしか決定されない。言葉の世界である象徴界はファルス優位のシステム、去勢されることでペニスの代わりにファルスを獲得する象徴界は男性原理的な領域で、そのなかでは女性を積極的に指し示すような言葉、シニフィアンは存在しない。
象徴界において男性は、ファルスを中心として閉じた集合をつくっているが、女性の集合は具体的には閉じていない。閉じていないことは女性一般なるものは存在しないことになる。ラカンはこれを女性は存在しないと表現しているのです。
女性というのは謎で神秘的な存在なのですね。
つづく。
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