雨の大阪
雨の大阪、昨夜はネットの画像を見ながら気持ちが暗かった。
ネットには過去の出来事がたくさん残っていて、繋がりもすぐに調べられるし、便利だけど調べなくてもいいことまで気になって調べてしまうこともある。気になってしまうことの懐にもう飛び込んでしまおうかと思うが、それは自分の気持ちにとっては正直ではないようにも思うし、相手の思う壺だと思うところが一番大きいのでやめておこうと思うのだった。
「いざいざ奈良」東大寺・ならまち編
今日は奈良へ行く予定にしていたけれど、雨なので雨上がりの明日がいいかな。
雨上がりの街は気持ちがいい。
春日大社から若草山の脇を通って、二月堂を抜け、東大寺へ〜というコースがいいと思う。
ところで、保江邦夫氏関係の本を読んでいると、他界して肉体から抜けて肉体を持たない状態を長く続けていると、感情がなくなって軽い状態になるという。感情のない意識存在になっても自我がなくなるわけではなく個性はある。軽くなり過ぎると地球上との接点が保てないからで、そういう状態で人間を守護したりするという。
感情がないのでペラペラな存在だともいう。
そして、もっと浄化された状態になるとソースに戻っていくという。そうなると個性がなくなるので、意図することもできなくなるという。それはつまりは、非二元、ノンデュアリティという分離のな状態なので次元もなくなるのだろうか。
六年後ほどまえに非二元の講座に二回ほど出たことがある。講師の方はもちろん度々、非二元を体験されていてとても落ち着いた感じの愛と平和な穏やかな感じを保たれているような雰囲気がしました。非二元、ノンデュアリティ体験がないわたくしは、当時は「体験してみたい!」と思ってましたが、今では、個性がなくなる。ドラマがなくなる。ということは地球人としてどうなのかと思っています。
といいましょうか、人に真似されるのも嫌いだし、ついつい人とは反対のことをしてみたくなる性分なので、まだまだ非二元はわたくしには遠い次元なのです。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。