昨日の続きメモ
今日、二回目のupです。
古舘伊知郎×成田悠輔 「まさかこんな話になるとは…」言葉の天才同士の超ハイレベルなトーク・・・人間を支配し続ける言葉の魔力とは?
なぜ、チョムスキー登場したかというと、このyoutubeを見たのです。
「言葉の力、感情的な言葉の現れ、語りかけ、誹謗中傷・・・などは、古代から変化してない。」
というのは、シェイクスピアは「この世に良いも悪いもない。人間の心がそれを決める。」などと、あの時代にシェイクスピアが理解してたってことがすごいと思ったわけです。
「自然が脳の中にめり込んだんじゃないか(生成普遍文法)。」、生成普遍文法のエリアが脳内にあって生まれてきてるって話です。
で、共通の普遍文法エリアってあると思うけど、脳じゃないと思うね。
それって、無意識下じゃないのかって思うね。
他言語を短期間で覚えてしまう若い男性のyoutubeをこの間、見たけど、あれって共通の普遍文法エリアも関係してるのだろうか。そこは科学的に証明できるのって思う。だって、心の領域だから数学や物理学は通用しないと思うんだけどね。
成田さん曰く、「生成aiは、脳も身体も存在してない。人間が発した言葉の束をパターン認識して学習してる(自然言語)。むしろ人間の脳とか身体とかと独立した何かがあるのかもしれない。」
その何かって、わたくしなどは、あるに決まってると思ってるんです。
雪国の冒頭ってすごかったね。
「トンネルを抜けるとそこは雪国であった。夜の底が白くなった。」
夜の底が白くなった。って表現が身震いするね。ここに圧縮されてると思う。
これって驚愕ですよね。
俳句とかそうですよね。
山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」
松尾芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」「夏草や兵どもが夢の跡」
これらの俳句に意味を求めるのは、とても野暮なことだと思います。
圧縮されてシンプルになり味わい深い。
わたくしたちとaiの生成の違いは、aiはすごい量ののデータだけど、わたくしたちは、それを内包して(宿っている)、あっという間に、分かり合えることができる。
続く。
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