Meimay's days

I write about my daily life.

同じものの回帰

meimay

青鷺、天王寺公園でもよく見かけます。

 

 

まだ六月なのに真夏日が続いている。

梅雨はどこへ行ってしまったのでしょうか。

 

あと、三ヶ月はこの暑さが続くと思うと、タケチンと今年の夏の過ごし方をどう過ごそうかと思う。

 

 

昨日は動画編集教室の日、ちょっと、ムキってすることあったので、スタッフに確認してしまいました。

 

それでも編集作業は順調に進んでいて、zoomでの講師へのホストも昨日は1回だけでした。かえって講師の方が、「順調に進んでいますか。」と、聞きに来てくださいまして、ありがたいことでございます。

 

 

最近は、本をまったく買わないし読む気もない。

本棚から五年ほどまえに飛ばし飛ばし読みしてそのままにしてた本を取り出して、待ち時間にカフェで少しずつ読むことにしましたら、すごいことが書いてありましたよ🩵。

 

洞窟のなかで同じ音、例えばドに相当する音を発生させ続けると、倍音が発生する。人間の頭蓋骨のなかでも倍音が起こる。この倍音が同じ音だと認知する(つまり、あるドと1オクターブ上のドが同じだという認知が発生する。)とき、同じものの回帰が生まれる。

それまでの記号的計算能力だと、1,2,3,4,5,6,7,8,9,10・・・と無限に伸びて広がっていくが、同じものが回帰すると、1,2,3,4,5の次の6はまた1になって帰ってきて、円環をなすようになる。

 

20代の頃、わたくしは、成瀬雅春師の倍音瞑想合宿に一泊二日で参加したことがあって、確か、栃木の洞窟で倍音声明を20名以上でやったと思う。初参加だったけど、あのときの体験は感動ものでした。

 

ミュージシャンの人たちのなかには音を視覚化することができる人がいるのではないのだろうか。

音を生業としてる人たちって、只者じゃないと思われます。

 

今日、二度寝して昼まえに見た夢、地下鉄谷町線に乗って天王寺で下車するはずが最終地点まで行ってしまい、引き返そうとするとマユちゃんがいた。「マユちゃ〜ん」と呼び止めると、彼女は寝屋川市から引っ越しして、この街に住んでいるという。シーンは変わり、わたくしはとある部屋にいる。その部屋に引っ越したのかと思ったら違っていて、そこはとある大きな旅館のような場所で昨夜はそこに泊まったらしい。タケチンもいてベランダらしきとこからタケチンが外に飛び出して遊んでいると茶色の犬なのか狐なのかがやって来てタケチンが震えているので、わたくしは抱き上げて部屋に入れる。という夢だった。

変な夢。

マユちゃんはどうしているのだろうか。何ヶ月かまえに寝屋川へマユちゃんに会いに行ったが平日で留守だった。行きのタクシーの運ちゃんの態度が悪かったので、途中でタクシーを降りて歩いている。彼女はクリスチャンに信仰して心底浸透しているので会うとイエスさまのことが話に登場する。キリストとは役職名で今はあのイエスではないかもしれないと、わたくしは思っているので、話を合わせないといけないのが辛い。もうわかり合えないのだろうと思う。

そういうときは悲しいし虚しい。多様性とはまた違う感情であると思う。

だけど、同じ時間に地球上の大勢の人たちが祈るという行為にはとても共感する。そういうの信仰を超えてると思う。そういう意味で、夏至、冬至などは感慨深いものがあります。祈る対象は曖昧でも行為は同じ、そこに多様性を感じます。