高津宮で考える
昨日は、夕方から上の講演会に行って来たね。
場所は、高津宮です。
18時スタートだと勘違いして、45分も高津宮の末広の間で椅子にボーッと座っていた。

はてさて、どこで上の情報を手に入れたのか、覚えていないのである。
高津宮つながりといえば、仁徳天皇でしょうか。難波神社も仁徳天皇ですしね。
安藤誠さんは写真家です。
北海道の動物たちの写真は、ほほえましく、動物たちへのまなざしには愛がいっぱいでした。
主催は、日本熊森協会の大阪支部ということで、講演会の主旨は、日本の奥山を天然の林にもどし、動物と人間の住み分けの復活が主な活動のようです。
日本の森は、クマたちがいないと森にはならないというのは理解できます。
針葉樹の人工林(スギ、ヒノキ)、太陽光パネルなど開発によって、奥山の生態系の頂点に立つクマの棲家が追われている。マスメディアで取り上げられて、切り取られている情報は、クマの生態をまったく無視した情報ばかりというのも納得できます。
1頭のクマが生活するためには、かなりの広さの森がいる。広いだけではダメで、木の実がとれる広葉樹の自然の森を育てること。
各県、各地域に専門の野生動物保護レンジャーもいるかもしれない。
野生動物と人間の住み分けについては、今月中に、また記そうと思う。
わたくしは、仏教徒とは言い難いのですが、大乗仏教とか小乗仏教とか、空とか無常とかお経の内容とかはさておき、幼い頃からのわたくしの仏教のイメージは、やはり、涅槃図でしょうか。
祖母が生きていた当時は、三月十五日のお涅槃の日には、かならず100号はあろうかと思われる涅槃図が本堂にかけられてました。
まあ、イメージとしては、こういう感じ。
釈迦が涅槃に入った(煩悩の火が消え悟りを得る)光景を描いた涅槃図には、生きとし生けるものが集まっていました。動物もそうで、人間と動物が対称的というのか溶けあって混ざり合っているというのでしょうか。でもそれは平等とかいうのではないんです。平和とか平等とかはキリスト教圏のものというイメージがあります。
上の石川県立美術館の仏涅槃図にもたくさんの動物たちが描かれてますが、うちの実家の涅槃図にはムカデも描かれてるのです!!!
わたくしは、ムカデが大嫌いなのです。
そのムカデさえも釈迦の入滅に参加してるわけです。衝撃でしょう💓。
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ところで、高津宮での講演が終わって、谷町九丁目まで歩いていると道に何かがいる。よく見ると動かないゴキブリでした。
最寄りの駅で下車して、コンビニに寄ろうと歩いているとコンビニのまえで、また、何かがいる。動かないゴキブリでした。
ゴキブリを短時間で二回も確認してしまうなんて、何か意味ありますか。
ゴキブリはなんと三億年もまえの太古から地球の生息していたのだそうです。
そのような生き物に出会うなんて、何かいいことあるのでしょうか。
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