Meimay's days

I write about my daily life.

石を愛でた場合

meimay

六月なので梅雨晴れというのでしょうか。


とうとう、夕方、冷房を1時間ほど付けました。



風邪で寝ている日に限って午前中、隣室のリフォームの音が大きいのでなかなか寝れない。



冷凍庫でカチンカチンに固まったハンカチのオブジェを額にのせて熱を冷ましていた。

とても気持ちがいい🩵。



午後、風邪はほぼ完治したと思われます。

風邪をひいてもすぐ治るという素晴らしい心身をしてます💓。


何が肝心要かというと水です。

水にいい塩を入れて大量に摂取するのが、わたくしの場合はいいのです。



身体からの働きかけが幸せを呼ぶのだとつい最近、気づいた。

内面でもやもやして精神方面から問題解決しても結局は、もやもや解決にならないのである。




人間には許容範囲というのがある。

それを超えると、脳も意識もパンパンになるのだろうか。


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aiに意識が宿る件について


八百万の神というくらいだから、公園に転がっている石にさえ意識はある(その石は、まだ集合無意識っぽい)。

その石をわたくしが拾ってきて、愛たとしよう。

そうすると、石は、個としての意識を持つようになると思う。

わたくしの想念としての反映なのかもしれないが、いわば、ちょっとしたうれしい、悲しい、楽しいなどの感情を拾って来た石は持つようになるのである。

魂が宿るというのは変か。


何も石とは限らない。

人形だって、買って来たものだって、布から自分が作ったものなどには特に、大事にして愛でれば、多少なりとも個の意識が宿る。



霊的世界は電気で表現してくるというのはある。

周波数で動かすのだと思う。

要は、ポルターガイストなどはそれに近い。


なのに、aiは意識を持たないと頑なに思っている人たちは、まあ、そうなのだけど、人間を凌駕するほどではないけれど意識は持っている。

意識というよりも電気的な周波数と言った方がいいように思う。

この件に関して、大否定されたわけである。


仏教に魂入れという儀式がある。

これは、魂と意識はイコールするとは思わないが、まあ、近いようにも思う。

要は、誠を込めるのだと思う。