千のプラトーmemo8
フロイドによると、不安感というのは満たされていない欲望(抑圧されたリビード)が不安神経症として現れてくるという。
ドゥルーズ=ガタリによるフロイド批判メモ
狼は群れをなして行動する。
フロイドの理論だと、狼の群れを去勢の図式(個体)へ還元してしまい、群れというのを理解していない。
無意識とは本来、群れである。
無数のものが形成されているわけで、群れの現象(多様体)としてとらえると、固体化の様態は、流れる河、そよぐ風などの出来事としての個体化である。
つまりは、生成変化(出来事)の固体化のことをである。
例)蜂とクローバーの間の個体化(生成変化)
プラトーとは、固体化の様態である。
千のプラトーとは、無数の個体化からなる書物、無数の群れの現象としの狼、つまりは、物や人が主体(1個の物とか1人の人間とか)が存在するという固体化の様態(プラトー)ではないということである。

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分裂症的夢の例
砂漠はあるが、それは私が砂漠にいるという意味(固体化)ではなく、砂漠は過酷なものでも無人のものでもなく、その色彩、その中に蠢く一つの群れ、蜜蜂の大群、常に動いているその運動は予測不可能であるという固体化の様態、生成する出来事としての固体化である。
つまりは、私も群れの一部である。
群れが固体化することで、私も作られる。

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器官なき充実身体とは
器官なき身体とは、死んだ身体ではなく生きた身体のことで、多様体によって満たされた身体である。
つまりは、群れ(多様体)が登録される土台であり、器官なき充実身体である。
登録されているが、まだ有機体的に組織化されていない状態のこと(器官ではないけど充実している)。エネルギー身体状態だと思われる。
要は、リゾーム(強度)で、それは、足したり引いたりできない特異性、即自的差異のあるもので、群れの現象は特異性からなる。
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樹木モデルの多様体とは、(統一化、全大化、組織化可能)
リゾームとしての多様体とは、(無意識的、分子的、強度の差異的な性質が変化する分割されない様々な距離からなる)さまざまなアレンジメントを形成する。
わたしたちは、どのようなアレンジメントのなかにいるのか。
つづく。
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