千のプラトーmemo9
欲望ーーそれ自体で充実したプロセス
快楽ーープロセスの中断
わたしたちは、まだ器官なき身体を発見していない。
精神分析はこれとは逆の道を歩む。
なぜなら、幻想でもってしての意味性、主体性の集合であり、それでは器官なき身体をとらえそこなう。フロイドのエディプスコンプレックスなどに還元されるということだろうと思われます。
ドゥルーズ=ガタリは、いやいや、そういうことではなくて、そういう解釈をすると欲望がもっているプロセスをとらえそこなってしまうというのですね。
欲望のプロセスは「自我」や「主体」とは関係ない。つまりは、わたくしが欲望するというのとは違うのです。
欲望のプロセスの効果として自我や主体は発生してくる。
欲望というのは、そんなに個人的なものなのかということです。個人には収まりきれないような、欲望の流れというのは、わたくしと家族の問題だけには収まりきれないという。なので逆の反転発想がいるということですか。
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生成変化の場に器官なき身体(存立平面(内在野))が形成される。
この形成、構築は社会的形成において、倒錯的、芸術的、科学的、神秘的、政治的と実に様々なアレンジメントによって達成される。
一片、一片というふうに構築され、どこかに還元されてしまうことはない。多数の断片がどう連結しあうか、存立平面は内在性の多様体で、いたるところに発生する脱領土化の運動の中にある。
どう、一人一人がアレンジメントするのか。
つまりは、強度の波動化で爆発して生成変化しながら形成されるプロセスである器官なき身体は、器官の有機組織化(蓄積、凝固、沈殿などの現象(形式、機能、支配的な階級化された組織、組織化された超越性))に抵抗する。
器官なき身体の敵は、地層化して固定化してしまうことあるので、器官なき身体はこれと対立する。
器官なき身体とは、脱地層化していくプロセスなのである。
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ここまで記して、自分でもよく把握していない。
ちゃんとついていけているのだろうかと思う。涙。
つづく。
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昨夜は月1の集まりに参加した。
遅刻組が二人で、六人はいたと思う。
ドゥルーズ=ガタリをまったく知らないなんて、一体、何年ヌースやってたんだと思ってしまうし、嫌な女とはもう二度と会いたくない。
2014年からの12年間は一体、何だったのかと思う。
今日は昼寝をしよう。
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