隙間をつくる。



寒いわ。先週末、今日も凍える。
愛媛県でも小雪が舞った、バスの窓に宝石のような白い粒雪がのっている。
梅田から朝八時出発の高速バス、スターバックスしか開いていなかったので豆乳ラテとサラダラップのサーモン&クリームチーズを買ってバスに乗る。
これがヒット!きっと固くて美味しくないのだろうと思っていたけれど高いだけあって、冷えていても柔らかくて食べやすくて歯ごたえもよく、大変おいしくいただきました。
帰りも故郷のイオンモールのなかにあるサラダラップを食べる。きっと、サンドイッチも美味しいと思う。
バスのなかから見る朝の大阪の街、この宇宙はわたししかいないとしてもこの世は人との関わり合いで出来ている。
釈迦は霊的なことは説かなかったらしい。
幻想だけど、幻だから美しく感じてしまうし虚無なんてほどに真実を知らなくてもいいと思ってしまう。
朝の光に照らし出されて蘇ったこの世界はきらきらとしていた。
いま読んでる本に「神様とは人間の創造物なのです」と記してあります。
人間がなにかに名前(ご神名)をつけて祈ると神様と呼ばれる意識が誕生するのだそうだ。
それは、想像上の存在ではなく、実在しているのだとか。使いようによってはちょっとこわくないですか。
たくさんの人たちがその神様に祈りだすと(エネルギ〜)、神は進化してわたしらも進化する。
参道は産道だとすると、拝殿へ向かうことは生まれるまえの自分に戻ることになる。
ご神体の鏡にうつるのは 生まれる前のわたし それを鏡にうつす。神社の神さまは「あの世のわたし」なのだそうで、もしかして、双子のもうひとりのわたしかなあ。
神さまスクリーンを通して、拝殿で双子のわたしと対面するのでしょうか。
あの世とこの世をつなぐ、
間
境目
「すきま」をつくることがいいのだそうだ。
神社は人々の祈りの集合体、神社が創建されて以来、ずーーーっと奥行きができて祈りで支えられてきた人々の思いが積み重なっているのだとか、それはそうですよね。
掃除や片づけがいいといわれるのも、すきま(間、境目)を整えて通り道を良くすることなのかな。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。