Meimay's days

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邪馬台国はどこか。

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お正月二日目。

 

タケルくんのお尻あたりの毛が生えてきてますね。かわいい。

 

昨夜、TVで「邪馬台国サミット」なるものをやってて、みたね。

正月からワクワクいたしました。

 

近畿説(大和)、九州説(山門)、他諸々100以上はありそうな邪馬台国説、四国説もあるよ。

2世紀中頃から3世紀中頃まで、小国は小規模ながらも日本列島にはあったと思われます。それらの中のいくつかの国の代表的な人たちが談合しながら共生していったのだと思われます。

 

魏志倭人伝によると北部九州に至るまでのルートはほぼ正確なんだけどそこからの距離感が「いったい、邪馬台国はどこへ行ってしまったのか」という疑問が湧いてくるんですよね。

魏志倭人伝の記述だと北九州から「南に向かって船で十日、歩いて一ヶ月かかる」ということでそれだと太平洋に出てしまうのであります。ゆえに、なんとかかんとか日本列島に邪馬台国ルートをもっていこうと色んな説が登場するのだと思われます。

なので、どの説もどこかに無理が生じてしまうのですね。

TVでは魏志倭人伝は日本人のために記されているのではないので、現実とはかけ離れて記述されていると、思い込み脚色が多いわけです。あの時代、中国は至る所で大国同士が戦っていたわけですから己らの国の都合と見方で記されていると思われます。

 

わたくしの説だとこうです!

九州の卑弥呼はシャーマン芸能鬼道というのか、それはのちにあのあたりから多数の優れたアイドル、歌手、シンガーソングライターが流出しているのですよ。つまりは北部九州ではシャーマン的要素を駆使した変性意識的小国が祭儀的共生していたと思われます。

その共生の仕方に目を向けるべきなのです。

近畿の卑弥呼もシャーマン的ではありますがこちらも小国共生ではありますがより中央集権的なのは纏向遺跡の規模を見れば想像できそうです。共生連合的勢力でありシャーマン巫女はあくまでも予言的な存在として男性の下に仕えるという感じがします。九州はその反対、現代でもそうですが九州男児でありながらも影で支えている女性の方が常に強く男性を操りながらの巫女的存在だったと思われます。

その傾向は九州から南下するほどに濃くなるように思われますが。

で、邪馬台国とはどこにあったのかというとどこでしょうか。

 

卑弥呼ののち、台与(とよ)という女人を王に立てます。

関裕二氏によるとトヨの女神を祀る神社が北部九州に密集しているのだとか(卑弥呼を祀る神社は見あたらない)。そして飛鳥の蘇我系の王家はトヨ(豊)の名を冠にしているという話があります。

あと、鏡。

卑弥呼が中国の皇帝から送られた鏡はどれなのか(三角縁神獣鏡という説有力)これが解明されれば謎は解けるらしいです。