よきもの
Best Friends - a kid, a dog and a puddle
なかよし。
午後からスクールで授業、わからなかったところ、聞いてブラウザ表示できたけれど、もう一度、1から答えを見ずにはやりなさいとなれば、困難。
「アースダイバー 神社編」中沢新一著 読んでます。
縄文人はなにかと蛇やったのだと思うとなぜなの・・・と、思います。
縄文人の心は、魚類や爬虫類や両生類への深い感心で、みたされている。イルカもそうです。
勾玉は胎児のカタチをしてますね。
胎児は、この世とあの世の中間にいて、二つの空間をつなぐ。
つながりを象徴するタマを目に見えるようにしたのが、勾玉なんですって!
ところで、
「記紀」の神話のなかで、感動的なシーンがあって、わたくしもこのシーンは好きです。
オオクニヌシが海岸に立っていると、海原を神(こうごう)しき光海に照らして忽然と寄り来るものがあったので、オオクニヌシが「何者か?」と問うと、「吾は 是 汝が 幸魂 荒魂 奇魂なり」という答えであったと、汝の思考した意識は、吾という無意識(三種類のタマ)が働かなければ、この世では創造となっては、あらわれない。意識は無意識と一体となって働くとき、正しく、美しく、よきものをつくりだすことができる。
吾(無意識の自己)と、汝(意識の自己)は一緒なのだということなのです。
この解釈って、すごくないですか、海からあらわれた神とはオオクニヌシ自身であると解釈するしかない。と、わたくしの本棚にある他の本にも記してありましたわ。
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