太陽のネットワーク


てくてくと国道25号線を歩いておうちへ帰っていたら、白い画用紙に「難波方面」とマジックで描いて車を止めている若人(十代、男子)二人がいた。
「ヒッチハイクしてるの、どちらから」と尋ねると、和歌山からなのだと、和歌山、近い。
ということは、これから大々的にヒッチハイク開始ということなのね、どういう経路で和歌山から来て難波へ向かうのか聞けなかったけれど、ふたりとも顔がめちゃくちゃうれしそうだった。
これからいろんな人たちと出会って、困ったり助けられたりするんだろうなあ。
いいなあ、若人はどんどん冒険をして下さい。若人じゃなくても、いいけど。
体力があるうちにボンビー旅行(少ないお金で)をして、「あっ、こんなところにも人間が暮らしている!」ということを身体で体力を使いながら知ることはいいことなのではないかなあ~でも荷物すくなかったから、和歌山から来て難波経由で和歌山かえるとこなのかもなあ~。
さて、ホツマツタエには、神武が来るまえに、すでに三輪王権があったと記されてないかなあ。
春分の日に三輪山周辺へ行く。
三輪山は冬至と夏至のレイラインを結ぶと太陽のネットワークができて縄文の終わり頃には日本列島(北海道は除く)全体に、カゴメ紋様のネットワークグリッドができていたらしい。
グリッドの中心点には、磐座(鏡石、太陽が反射するように配置?)、祭祀場、神社が置かれている。
畝傍山、耳成山、天香久山の大和三山は二等辺三角形をつくり、三角形の中心点から延長線を伸ばすと少しずれるけれど三輪山とつながる。正しい延長線位置には巨石が置かれている。
ということは、大和三山は人工の山ということになる。
古代人は水田を作るためにも人工の山をつくったし、暦や地図がない古代になぜ正確な網目模様の線を日本全国に張り巡らすことができたのかが不思議であります。
人間業とは思えない。
古墳なら、土木技術をもった蘇我氏なども作れたのだけれど、列島全体となると広すぎる。
それに、蘇我氏は太陽のネットワークではなく、太陽を意識しない聖方位で古墳やアスカという地を建設した、蘇我氏の信仰する宗教は仏教などではなく、弥勒(ミトラ教)信仰というペルシャの宗教だった。
その聖方位を今度は藤原氏が不都合に思い、壊して変えてしまったのであります。そして、聖徳太子を仏教の守護者ということにした。
ところで、聖方位の方角ってなにを基準にしているのかと調べるとシリウスみたいだ。
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