Meimay's days

I write about my daily life.

見るもののことのブログ記事

見るもののこと(ムラゴンブログ全体)
  • 画面に映っている。

    夕食は、おでんにした。 昨夜、ビルボード大阪で隣のテーブルにいた動物は羊ではなく鹿、バンビでしたね。 ところで、9日に鑑定はライン電話ではなく、ビデオ通話っていうの、iPhonの小さな画面に下半分男女二人、上半分にわたくしが映っての会話であった。 ここにいて話しているわたくしの映像が目のまえの縦長... 続きをみる

  • いっぱいいっぱい。

    Kitten Stalking 昨日はケイズコンパスの巡りがやっと理解できたようなきがいたしました。 ラストのバトルがすごかったわ、まいりました。 洗濯物と掃除、布団干し、買い物、気持ち的にいっぱいいっぱいなのでゆっくり調整しなおさないと、疲れ気味だわ。 馴染みのあるもので安らぎたい。 頭の心もい... 続きをみる

  • たらしめているもの

    鈴木大拙氏は「空は実に空で、それがそのまま非空である。」とか。 ミクロとマクロ、フラクタル。 人間の意識と独立した粒子は存在しない、そういうことなのよ、わたしの宇宙はフラクタル、即、フラクタル。 このコップはコップとして存在しているのだけれど、 そのコップを存在たらしめているのは、わたくしであるか... 続きをみる

  • お花がいっぱい

    ところで、 仏教は、意識の繋がりで物事を心理的に捉える教え、根源としての意識があって、そこから枝分かれして、 客観(眼、耳、鼻、舌、身、 意(六根))、(色、声、香、味、触、意(六境))と、 主観(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、 意識(六識))に分かれる。 主観が客観を観るという形、実体実在を認め... 続きをみる

  • 自己は宇宙を覆っている。

    毎朝、通る公園に今年も桜が咲いた。 仏陀の沈黙とはなんだったんでしょうか。 のちの弟子や教徒たちによって、仏陀の真意とは大きく違った教えになるのは仕方のないことなのでした。 変形してくるのは自然でありますか。 経験できるもののみしか判断しないのは、そこから始めた方が効率もよく合理的であるからだと思... 続きをみる

  • きのうのつづき。

    明日から二泊三日で東へ行く。 日曜日は、友人と皇居でお花見をしたあと、サノの35周年のラストのライブだよ! きのうのつづき。 デカルトの二元論は、 意識と 物質 サンキーヤ哲学の二元論は、 自己と、 意識(波)、 物質(粒子) 同じ二元論でも、デカルトの二元論はただの知識、思想の哲学だけれど、 サ... 続きをみる

  • 見られる教え

    仏教は、見られるもの つまりは、認識される対象世界のすべて、その一切は 無常ではかない。 光(自性) 意識(波動) 物質(粒子) この三つをまとめて一如としてとらえる。 光から流出して~、物理学だと、分子、原子、素粒子になって、粒子と反粒子に分かれて世界(物質)ができることになる。 光は、意識をも... 続きをみる