Meimay's days

I write about my daily life.

あらわれてるよー!

meimay

 

この座り方、ネコっぽくないね。

 

 

「アースダイバー  神社編」、読んでます。

 

神奈備山は山の形がほぼ円錐形です。縄文人にとっては神聖な山であって、宇宙的なエネルギーの象徴である大蛇が宿っていると考えられていて、御室山(みむろやま)はムロであります。

 

何年かまえに三輪山に登ったことがありました。

あまり記憶にないけれど、磐座あったと思います。頂上にもあったかなぁ。

 

縄文人にとって磐座は、天から降りてくる何者かを迎える場ではなく、大地から立ち上がってくる潜む霊力(モノ)が磐座を通路にして、この世にあらわれているのであります!

ナラに住んでた縄文人は、三輪山をオオモノヌシのすみかだと考えていたのですね。弥生人は稲作をおこなうがゆえに「あらわれ」をおこさせる機構として、モノやカミを祀るための特別な祭祀場を設けたんですが、縄文人はそういうものをつくろうとはしなかった。

 

縄文人の祭祀の跡は、まったくみつからないのだとか。

これってすごーくわかりますよね!

一体だったんだから崇めることも操作することも必要なかったんですね。あらわれなんですよあらわれ、分離感あっても、わたしらもあらわれなのかしら、どういうふうにあらわれてる? どういう意識であらわれいでてるかが肝腎要なのかしら。

 

狩猟と採取を中心とする縄文人の社会では、人間のおこなう生産活動そのものが、自然の全体的な循環構造の中に包み込まれている。そういう社会では人間も循環する自然全体のエネルギーで総量は増えもしなければ減りもしない。

大いなるモノの主に包み込まれた存在であることを自覚する暮らしをしていた縄文人には、特別な祭祀場をつくることは自分とモノの主との間に距離を発生させることだと考えていたのです。

 

水田で稲をつくりはじめた弥生人の社会では、利潤が発生してしまう。過剰を抱えることになる。利潤を得たおかげで、自然との間に距離感が発生するようになる。

 

縄文人はワンネス感覚が豊かだったといいましょうか、だから祭祀場つくる必要もなかったし、オオモノヌシと一体であることができたのだと思います。

しあわせだよねー、弥生人のように過剰を抱えることもなかったから祭祀も必要なかったんだねー、過剰だと欲深くなる人とか出てきそうじゃん、いまだとそういう人の戒めとして「罰が当たるよ。」とかいうんじゃないのかなぁ。そういう言い方も知恵といえば知恵かも。