奈良湖にカモメ

タケチンは、また何かを見つけてしまったようで、

タケチン、そっち方向が気になっている。
奈良盆地には、古代、巨大な奈良湖が広がっていたんですね。
縄文後期、倭人(弥生人)が渡来して水田耕作を始めるころには、扇状地が水面にあらわれてナラの下の方の湿地帯で、米が作られるようになったようです。
人々は山腹のなだらかな傾斜地に住んで、そこがナラだったと。
ナラという地名は、朝鮮語の「国」をあらわすnaraが語源になっているという説が定説ですが、奈良盆地はヤマト王権が開かれるよりも昔から「ナラ」だったようです。

地図で見ると関西本線が通っている大和郡山市に小さな池(溜池)が無数にあります。
第34代舒明天皇は、
大倭(やまと)には 群山(むらやま)あれど
とりよろふ 天の香具山
登り立ち 国見をすれ 国原は 煙立ち立つ
海原は 鴎(かまめ)立ち立つ
うまし国そ あきづしま大倭の国は
と、
奈良湖にカモメ飛んでたんですね。
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