蘇我氏の役割
これ、是非、読んでいただきたいと思います。
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20070202
わたくしは、この番組、ワクワクしながら見ていたことを思い出します。
この番組を観ると、じゃあ、甘樫丘へ行ってみようじゃないか!という気持ちになるはずで、もち、蘇我入鹿の首塚である供養塔にも立ち寄りました。
蘇我氏は騎馬民族だったという説があるのですよね、わたくしもそう思います。
以前、ブログにも記しましたが、蘇我蝦夷、馬子(蘇我氏ってイラン高原からの遊牧民)は、大王だったという説。
日本書紀によると、蘇我入鹿は天皇を脅かす権勢を誇り、改革の障害となっていたので、中大兄皇子や中臣鎌足はクーデターを起こしたことになってますが、違います。
大王と天皇は役割が、違います。
天皇(司祭担当)
大王(軍部、経済部門担当)
ということなら、大王であった蘇我氏が天皇のようにふるまう理由もわかります。
天皇になろうとしていたのではないのです。
それに、仏教を導入したことにされていますが、違います。
ミトラ教(またはミロク教)なのです。
聖徳太子が蘇我入鹿なら山背大兄王は、存在しないんですけどね。
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