藤原千年の始まり

あのTwitterこわいなぁ〜と思いながらも、雨の音に癒される朝。
午後から円形脱毛症の治療で皮膚科へ行く。涙。
音の響きから霊的世界に進入していくということを岡山の先生から教わったことがありました。
意識して入っていくということがとても大切なのだと最近は思うようになりまして、倍音瞑想にしてもZOOMなどではやる気がまったく起きない。
昨日の続き。
天智天皇(藤原・中臣系)、乙巳の変は蘇我つぶし。
神社は春日系(天児屋命、武甕槌)
天武天皇(蘇我系)、壬申の乱は天武系つぶしだったが、天武の背後には蘇我氏が付いていたので勝利した。
神社は八幡系(応神天皇、武内宿禰)
大海人皇子(のちの天武天皇)は、天智天皇に謀反の疑いをかけられることをおそれ出家して吉野に逃れ、皇位継承権の機会を伺っていた。大海人皇子(のちの天武天皇)の背後には、蘇我氏の勢力がついていて、壬申の乱を制すると、都を飛鳥に戻し即位する。
天武天皇の皇后は持統天皇です。
持統天皇(天智系)はどのような女性だったのでしょうか。
天武天皇は蘇我氏系の天皇なのに、日本書紀には蘇我一族は大悪人だと示されてます。これは、持統天皇と藤原不比等が密接な信頼関係にあり、天武天皇亡き後、持統天皇は藤原不比等を重用し、日本書紀を編纂したとしか思えません。後、また天智系の世が続いていく(藤原系)。
藤原千年は、仲良しの持統天皇と藤原不比等が作り上げたものだといっていいと思われます。それは、蘇我氏排除です。
蘇我氏が推し進めていた「律令制」も、藤原氏によって変えられて行ったのだと思われます。藤原氏の「律令制」は、天皇主権とは言い難く、政治は全て藤原氏が好きなようにやって、天皇はただの飾り。
祟りといえば、長屋王(蘇我系)。
長屋王が藤原一族によって亡き者にされ、その後、天然痘で藤原四兄弟が次々と死んでいったが、長屋王は祀られることはなかった。
関氏の本では、法隆寺という寺は蘇我系を祀った寺であり、長屋王もここで一緒に祀られているということです。
古代の祟りって、凄みがありますよね。わーこわい!
というのか、神智学でいくと、背後で霊導しているのはハイラーキーということになってます。この時代も皆、ものすごいストーリーを生きていたということになりますか。人間はただの駒で、駒状態は憑依されているのかもしれない。
だけど、祟るのは亡き者となっているから霊的世界から祟っているのでしょうか。
霊的存在が霊的存在に憑依するってあるのかしら・・・憑依って似た者同士のフラクタルって感じする。
わたくしは、三年ほどまえまで藤原系である春日大社には行きたくなくて、行っても何も感じませんでしたが、昨年、初めて特別料金を支払って本殿があるエリアまで入ってみたんです。
これがすごかった。
明るい華やかさと雅さが増し、とても清らかな神域で、もう何時間でもいたいという気持ち、受付で奈良のお茶もいただきました。
あの感覚に戻れるのなら何度でも参拝したい神域です。
時代は変わりましたよねLOVE.
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