Meimay's days

I write about my daily life.

こんがらがるメモ

meimay

 

隣の部屋に行くと、タケチンがデコレーションハマグリの寝床に入っている!

「せっかくだから入りますけど、せまいなぁ〜。」という雰囲気あるね。

 

次は、テーブルクロスを作りたい。

あと、のれんとか。

 

あくびの瞬間空間。

 

 

 

 

 

さっき、ディノスから荷物が届いた。

最近では重たい荷物も女性たちが持って宅配している。さっき来た宅配の男性は雰囲気からして音楽やってると思う。

 

ところで、因果関係のことだけど、逆因果律というのもある。

若い頃に読んだ本の中でチベット僧が言うのだった。

未来から風は吹いてくる。と。

 

相変わらず、よくわからないのに記しているが、「えっ、わたくしの行為が過去の人たちに影響を与えている。」ということなの!とか思ってしまいます。この地球上の出来事の過去の原因はわたくしなのとか思ってしまうようにも思う。だって、わたくししかいないとか言う人もいるしで。

例えば、わたくしが増悪に満ちていたなら永遠に世界の戦いはなくならないとか・・・あなたがその人と出会って幸せなのは、わたしのおかげかもよということもあり得るかもしれない。

こういう考え方の究極が、あなたはあなたのままでいい。かもしれないが、それがラマナ・マハリシのような境地なら、それも有りだとは思う。

 

まあ、目のまえはすでに過去なのだとは理解している。スピ系的にいうと、己の高次の(未来なのか!)のハイヤーセルフとやらと融合してしまうとどうなってしまうのだろうかと思う。

わかんないよなあ。

わたくしとわたくしのハイヤーセルフとの関係性も、もつれているのだろうか。

大体、もつれるって、どういうことなのとか思ってしまう。光速を超える。というか、時間はなくなるんで、時空は超えないし、速いとかの概念もないのか。だから二つはやりとりもしてないとかで、二つ(AとB)に因果関係はなく、Aだけを取り出してどうとか、Bだけを取り出してどうとかはない。

 

昨日から思うことは、人間の意識だらけということで、この世は人間の意識が創り出しているという気持ちの悪いことになっていくのだろうかと思う。

人間だけではなくて、目のまえの植物には意識はないのだろうか。大木を切るときなどは木の意識などは無視して切り落とされる。スプーン曲げもスプーンは曲がらないと人間は決定しているので曲がらないが、その概念を外すと曲がるという人もいるけれど、スプーンに同意してもらい曲がってもらうという人もいる。